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医師のともコラム

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医療現場でのセクハラ・パワハラ

一般の会社ではセクハラやパワハラなどのハラスメント行為は、非常にセンシティブな問題として取り扱われ、管理職も非常に神経を払う問題の一つとされています。

 

セクハラは1989年に初の訴訟が行われて以降、パワハラは2001年に作られた造語でありながら急速にその認識が高まりました。

セクハラは2007年の改正男女雇用機会均等法施行時に、パワハラは2020年4月の労働施策総合推進法によりそれぞれ防止策を講じることが事業主の義務として定められています。

 

しかし医療機関という特殊な環境におけるこれらの問題への認識は、まだまだ世間と大きなズレが残っているように思えます。

本稿では医療現場におけるセクハラ・パワハラについて考えてみようと思います。

医療機関おけるセクハラ

セクハラはその線引きが非常に難しいとされています。

しかし男女雇用機会均等法上で記されている

 


職場におけるセクシュアルハラスメントは、「職場」において行われる、「労働者」の意に反する 「性的な言動」に対する労働者の対応により労働条件について不利益を受けたり、「性的な言動」に より就業環境が害されること。


 

がセクハラか否かの一つの判断材料になるでしょう。

ただし、被害者側が「意に反していた」と感じる「性的な言動」はセクハラに認定されうる、というように非常に広く捉えることも可能であるため注意が必要です。

 

2018年に内閣府の発行したセクハラ啓蒙のポスターでは「痩せてきれいになったんじゃない?」「今日の服かわいいね。俺、好みだな」という発言がセクハラに認定される可能性があると指摘されており波紋を呼びました。

これらの発言はいずれも性的な言動といえば性的な言動でありますが、「意に反していた」となるかどうかは発言者と被発言者の日頃の関係性によるでしょう。

 

例えば内閣府ポスターの発言「痩せてきれいになったんじゃない?」の発言者と非発言者を次の場合で考えてみてください。

  1. 日ごろから飲み会によく一緒に参加している仲の良い研修医と若手看護師の場合
  2. 業務外の会話をすることがないベテラン医師と若手看護師の場合

 

①が確実に問題なし、というわけではありませんが、一般的に考えて②のケースよりは受け手が不快感を覚える可能性が低いことは想像に難くないのではないでしょうか。

つまり発言者が非発言者とある程度の良好な関係を築いている場合、問題になることは少ないといえるでしょう。

 

しかし同じことを嫌いな上司に言われた場合「意に反した」と解釈され、セクハラとして認定されるリスクがあります。

なぜ医療機関はセクハラが減らないのか

医療者としてのみ働いているとあまり気づきにくいですが、世間一般からすると病院は性的なことに関して異質な空間です。

老若男女関わらず、医療のためとはいえ、異性の前で衣服を脱ぐ、陰部を露出するといったことが日常的に行われているため、仕事中はどうしても性的な言動に鈍感になっていきます。

 

そのため、仕事に関係のない部分での性的な言動についても認識が甘くなっている傾向があると思います。

特に男性医師から女性看護師へのセクハラは、職務上のパワーバランスや「大事にしたくない」という思いから言い出せないことも多くあるようです。

さらには看護師が上司に相談しても「仕事が回らなくなるからそのくらい我慢しなさい」「昔はもっとひどかった」といった対応を受けたという話も聞かれます。

女性スタッフが受けるセクハラ

患者から受けるセクハラと対処法

女性看護師が受けるセクハラとして一番多いのが患者から受けるセクハラと言われます。

性的な発言を受けたり、体を触られたりといったものから、お気に入りの看護師を指名して処置や対応を行わせるといった、ものまで内容は様々です。

内容が明らかなものの場合は医療機関としてしっかり対応することが重要となります。

 

患者側も、患者がセクハラをしても大事にはならない。とたかをくくっていることが多いため、現場責任者などから「これ以上繰り返すのであれば法的な措置をとる」ことを示し、それでも繰り返す場合は警察への通報を行うことが必要です。

 

また患者には「医師からの言葉だと聞く」という層も一定数いるため、主治医から注意を行うことをも効果的かも知れません。

同部署に男性看護師がいる場合には、担当を変更するといった対応も必要になってくるかもしれません。

他スタッフから受けるセクハラと対処法

医療機関で他のスタッフから受けるセクハラで加害者としてよく聞かれるのは所属部署の上司や、男性医師です。

男性医師から女性スタッフへのセクハラはイメージが付きやすいと思いますが、上司から、というのが意外に思われるかたが多いかも知れません。

 

上司からのセクハラは性別に関わらず、女性上司からセクハラを受けた、という声も耳にします。

特に多いのが結婚、妊娠、出産に関することです。「まだ結婚しないの?」「子供はつくらないの?」「人手が足りなくなるから今は子作りしないでね」といった発言がセクハラとして捉えられる可能性があります。

これらはパワハラやマタハラ(マタニティハラスメント)に分類されることもありますが、言われた側の捉え方次第ではセクハラになるようです。

 

こうしたケースにおいては加害者側に「セクハラをしている」という認識がないことがあります。

そこで有効になるのが、院内研修の実施です。

 

「こうした事例がセクハラになる」ということを職員全体に周知することで、加害者本人への教示になるだけでなく、周囲がそうした行動を見過ごさない空気が生まれます。

厚生労働省からも研修に役立つ資料も配布されているので、利用するのも良いでしょう。

男性スタッフが受けるセクハラ

セクハラの被害者=女性、というイメージがあり、実際多くの被害者は女性ではありますが、男性が被害者となるケースもあります。

厚労省による職場のハラスメントに関する実態調査報告書(令和2年度)を見ても、過去3年間でのセクハラ被害を受けたと感じている人の割合は女性(12.8%)に対して男性(7.9%)と一般的な認識より多いのではないでしょうか。

 

被害者が男性の場合においても「意に反している」と感じる「性的な言動」かどうかがセクハラがどうかの判断基準となります。

よく職場で聞かれる「彼女いるの?」や「太ったんじゃない?」ということばも受け手がセクハラであると捉えれば、セクハラになり得ます。

 

この場合においても重要になるのは「こうした言動がセクハラになり得る」ということの周知になります。

先に示したように院内の研修等を行っていくことが重要になるでしょう。

セクハラを放置することによる弊害

医療機関におけるセクハラは先にも書いたようにセクハラであると認識されていなかったり、軽視されていたりすることが原因で、対策されず放置されていることも少なくありません。

 

しかしセクハラは放置する事で、スタッフの意欲低下、最悪離職につながります。

意欲が低下したスタッフの存在や、離職によるマンパワーの低下は職場環境や労働環境の低下へとつながるため、他のスタッフにも同様の悪影響を及ぼす可能性が出てきます。

 

その結果スタッフの定着率が悪くなり、採用にコストや時間を割く必要が出てくることや、スタッフのモチベーション低下による患者満足度の低下といった医療機関の信頼に関わる問題へと発展していくかもしれません。

自身がセクハラの加害者にならないために

これまで見てきた通りセクハラかどうかの線引きは被害者次第のところがあります。

Aさんに対して問題なかった行動もBさんに対してはセクハラになる、という可能性すらあります。

 

セクハラの加害者にならないために重要なこととして、“どういった行動がセクハラになりえるのか”を理解することと同時に、日ごろから円滑なコミュニケーションを図って、良好な関係を築いておくことが重要になります。

そうすることで言動に対して「意に反している」と感じさせないようにすることができるためです。

医療機関におけるパワハラ

まずはパワハラの定義を見てみましょう。

厚生労働省が公開している雇用環境・均等局が作成したパワーハラスメントの定義についてという資料では、パワハラの定義は次の表にまとめられています。

要素 意味 当てはまる行為の主な例
優越的な関係に
基づいて
(優位性を
背景に)
行われること
○ 当該行為を受ける労働者が行為者に対し
て抵抗又は拒絶することができない蓋然性
が高い関係に基づいて行われること
○ 職務上の地位が上位の者による行為
○ 同僚又は部下による行為で、当該行為を行う者が業務上
必要な知識や豊富な経験を有しており、当該者の協力を得
なければ業務の円滑な遂行を行うことが困難であるもの
○ 同僚又は部下からの集団による行為で、これに抵抗又は
拒絶することが困難であるもの
業務の適正な
範囲を超えて
行われること
○ 社会通念に照らし、当該行為が明らかに業
務上の必要性がない、又はその態様が相当
でないものであること
○ 業務上明らかに必要性のない行為
○ 業務の目的を大きく逸脱した行為
○ 業務を遂行するための手段として不適当な行為
○ 当該行為の回数、行為者の数等、その態様や手段が社
会通念に照らして許容される範囲を超える行為
身体的若しくは
精神的な苦痛を
与えること、
又は就業環境を
害すること
○ 当該行為を受けた者が身体的若しくは精神的に圧
力を加えられ負担と感じること、又は当該行為により
当該行為を受けた者の職場環境が不快なものとなっ
たため、能力の発揮に重大な悪影響が生じる等、当
該労働者が就業する上で看過できない程度の支障
が生じること
○ 「身体的若しくは精神的な苦痛を与える」又は「就業
環境を害する」の判断に当たっては、「平均的な労働
者の感じ方」を基準とする
○ 暴力により傷害を負わせる行為
○ 著しい暴言を吐く等により、人格を否定する行為
○ 何度も大声で怒鳴る、厳しい叱責を執拗に繰り返す等に
より、恐怖を感じさせる行為
○ 長期にわたる無視や能力に見合わない仕事の付与等に
より、就業意欲を低下させる行為

 

パワーハラスメントの定義についてより引用

 

例えば、仕事に関するミスをした部下を呼び出し注意することは「1.優越的な関係に基づいて」おり「3.精神的な苦痛を与える」可能性はあるものではあります。

しかし、5分から10分程度の時間であれば「2.明らかに業務上必要性がない」行為にあたるとは考えられないため、問題はないでしょう。

 

注意に30分や1時間かけたり、業務そのものとは関係のない範囲にまで指導の内容が及んだりすると、2番にも抵触する可能性が出てくるため、パワハラと認定される可能性がでてきます。

 

例えば部長がスタッフに指導するケースを考えてみます。

  1. 遅刻を繰り返すスタッフに対して、今後気を付けるよう10分間注意した。
  2. 遅刻を繰り返すスタッフに対して、私生活の乱れや性格などの内容を含み1時間指導を続けた

 

①をパワハラだ、と思う方はあまりいないでしょう。

しかし②は部長側の視点では業務につながるようにも思えますが、私生活が乱れていても遅刻しない人もいますし、性格にまで及ぶ指導を1時間にもわたって行うことはパワハラとしてとらえられても反論は難しいかもしれません。

パワハラを放置することの弊害

パワハラが院内で放置されると、2つの大きな弊害が生じてきます。

スタッフの離職

ひとつはスタッフの離職です。

パワハラを受けた被害者が離職してしまう可能性はもちろんですが、パワハラは直接の被害者だけの問題だけでなく、職場の雰囲気の悪化も引き起こすため、他のスタッフの離職につながる可能性もあります。

 

さらに医療者の世界は狭いため、悪い噂が立つとなかなか新たなスタッフが入ってきにくくなることも懸念されます。

1人のスタッフの採用や育成には多くのコストがかかるため、経営の面から見ても非常に悪影響を与えることがわかります。

医療ミスの発生

もうひとつは医療ミスの発生率上昇です。

パワハラをするスタッフがいると、院内の風通しが不良になります。

 

例えば、看護師が医師に報告するべき事象を発見しても「あの先生怖いから報告したくない」という気持ちから報告が見送られることで、患者さんが不利益を被る可能性がでてきます。

「自分の上司が当直しているにもかかわらず、患者さんに関することで院外にいる自身に問い合わせがくる」といった経験をしている医師もみられます。

 

年次が高い医師というのは、それだけで他職種から見ると近づきがたい存在になっていることがわかります。

そこにパワハラをする人、という要素が加わればいつか重要な情報伝達が行われなくなり、重大な医療事故につながりかねないでしょう。

パワハラを受けたときの対処法

パワハラを受けた・見かけた場合、まずはパワハラ加害者の上司に報告をするのがよいでしょう。

加害者が部門の長である場合は院長や副院長、事務長等の医療機関の中枢の人でもよいです。

 

「院長に相談なんて大げさだし、取り合ってくれないのでは?」と思う方もいるかもしれません。

しかしパワハラを含むハラスメント問題は、頻回に院内で起きており上層部への報告が上がっている場合もあります。

そして経営に関わる人ほど、ハラスメントが院内に蔓延をすることを防ぐ重要性を理解していることが多いため、皆さんが思っているより真剣に対処するようになってきています。

組織外の相談窓口

依然としてハラスメントへの理解が浅い組織があるのも事実です。

その場合は各都道府県労働局、全国の労働基準監督署内に設置されている総合労働相談コーナーで相談をしてみることをお勧めします。

無料かつ予約不要、もちろん秘密厳守で相談にのってもらえ、必要があればしかるべき部署への取次等も行ってもらえます。

転職もひとつの選択肢

院内や相談コーナー等で相談し解決したとしても、加害者と同じ組織で働き続けることに抵抗がある、という気持ちも理解できます。

そうした場合は転職することも選択肢に入れてもいいと思います。

 

幸い現状日本では医療従事者はどこの施設でも不足しており、再就職ができないということはありません。

仕事自体が嫌いでなく、人間関係だけが負担となっているのであれば、転職もひとつの解決方法になりえるでしょう。

自分がパワハラの加害者にならないために

自分自身がパワハラだと思っていない行動が実はパワハラになっていた、というケースはしばしばあるようです。

先に挙げた表の3つの項目を満たす行動を、自分がしてしまっていないかをよく見返す必要があります。

 

1番は上司と部下の関係があるだけで成立してしまうため、避けることができるのは2番と3番です。

これらの線引きは非常にあいまいなところもあるため、セクハラの時と同様に日ごろの関係性が重要になってきます。

 

同じような注意や指導を受けるにしても、信頼している上司から受ける指導と、嫌悪感を抱いている上司から受ける指導では感じ方も違いますよね。

予期せぬパワハラの加害者にならないために、日ごろから良好な関係性を築くことが大切かもしれません。

まとめ

セクハラもパワハラも意外と身近な問題にも関わらず、加害者・被害者とも自分が渦中にいることを自覚していないケースもあるようです。

今後これらのハラスメントに関する問題はより注目度が高くなってくるでしょう。

トラブルに巻き込まれないために、そしてよい労働環境を維持するために、セクハラ・パワハラについての正しい理解が自身を守ることに繋がっていくと言えるでしょう。