医師のアルバイト事情は、時代の変化と共に大きく変遷してきました。
そして、2020年の新型コロナウイルス感染症の流行により、価格変動や待遇、動向は激変しました。
ここでは、昔と今の医師のアルバイトの実態や変遷を紹介いたします。
平成初期までの医師のアルバイト:医局主導の時代
昭和から平成初期にかけて、医師のアルバイトは医局が主導するものが主流でした。
これは、各医療機関と医局との結びつきが強く、大学医局が大きな影響力を持っており、アルバイトの斡旋も医局を通じて行われるのが一般的だったからです。
ほかの医師を非常勤で雇い入れる比重は低かったといえます。
医局からの指示は強い影響力を持ち、若手医師は医局の意向に逆らうことは難しい状況にありました。
主なアルバイトの内容としては、当直医(夜間や休日の救急外来などの病院や医師会診療所など)での勤務が中心で、体力的な負担や拘束時間の長さが特徴的でした。
このほかにも医局OBなどが関与している検診医(企業や学校での検診業務)、産業医(企業の従業員の健康管理)、医局の地方病院への非常勤勤務という、医師不足の地域医療を支える重要な役割を担っておりました。
若手医師にとってのアルバイトは、生活費を補う重要な手段であることに加え、多様な医療現場を経験することで医師としてスキルアップする機会にもなりました。
同時に、医局内外の医師とのつながりを築く機会にもなり、キャリアを考えるうえでの貴重な糸口にもなっていたのです。
平成中期以降のアルバイトの変遷:コロナ流行前まで
医局の影響力の低下により、医師のアルバイトのありかたは大きく様変わりしています。
2004年の臨床研修制度化に伴い、医療制度改革や医師のキャリア意識の変化もあり、盤石であった医局の支配力や影響力が低下しました。
その結果、医師は医局に依存せず、自身のキャリアプランに合わせて自由にアルバイトを選ぶようになりました。
また、インターネットの普及により医師の働き方の選択肢が広がり、高収入の案件が増えてきました。
近年では、比較的負担が少なく高収入で魅力的な美容クリニックでの施術、時間や場所にとらわれない働き方が可能なオンライン診療、健診・人間ドックの他、自分のスキルを活かせる専門性を活かしたスポット勤務も人気を集めています。
アルバイトの目的にも大きな変化がみられ、ワークライフバランスを重視してプライベートの時間を確保したいというニーズや、自分のスキルを高く評価してくれる医療機関を求める動き、さらにライフスタイルに合わせた働き方を模索する医師が増えています。
コロナ流行後の医師アルバイトの変遷
新型コロナウイルス感染症が流行し緊急事態宣言が発令された2020年3月。
当時、誰でも勤務ができるローリスクなアルバイトの定番である「健康診断」のほとんどが延期や中止となり、わずかに残った案件も軒並み時給が下がりました。
その理由として内科・小児科・耳鼻科を中心に「受診控え」による患者数減少による医業収入が低下しました。
この時期でも、小児科・内科は時給5,000円という求人まで条件が落ちたものもありましたが、それでもやむを得ない状況の医師から多数応募がありました。
これが、2024年以降の社会実験となりました。
フリーの医師は、生活を維持するために少ない案件の奪い合いという激しい競争が繰り広げられておりました。
この一方、ハイリスクとなる「コロナ外来」は時給15,000~20,000円と高額でありましたが、応募者はごく少数でした。
大学病院勤務医・フリーの医師などの生活が危ぶまれるなか、一筋の光明となったのが、2021年5月より導入された新型コロナウイルスワクチン接種のアルバイトです。
新型コロナウイルスワクチン接種が国策であり費用がすべて「公費」となったこと、ニーズが高いこと、ローリスクに分類される業務(問診のみという負担の少ないもの)という三拍子が揃っておりました。
同時期から新型コロナウイルス感染症の重症度も、流行株がオミクロン株で軽症化した2022年には、健康診断もある程度再開されたため、フリーター医師にとっては、給与がより高くコスパが良い案件を選べる恰好な稼ぎ時になりました。
新型コロナウイルス感染症ワクチンの時給は15,000円を超え、1日勤務すれば10万円から15万円の報酬を得られることレベルとなりました。
前日の欠員補充などワクチン接種維持のための緊急募集にいたっては「1日30~50万円超」いう破格な案件も存在しておりました。
さらに、一部のフリーの医師は、人材紹介会社を利用して「A市ではもっと時給が良いから、B市でも報酬をあげよ」などと交渉し報酬増額を行ったと耳にしたこともあります。
「棚からぼた餅」という良い波に乗って、30日中29日をワクチンのバイトに従事して、月給400万円(年収4,800万円相当)を稼ぐなどの強者もいたそうです。
こうした者の中には、都内のタワーマンションの最上階、会員制リゾート会員権の最上位、スーパーカー複数台を購入するなど、大規模な出費が繰り広げられました。
大きな転機:2023年5月8日
医師アルバイトの「天国モード」は残念ながら長続きはしませんでした。
新型コロナウイルス感染症が5類感染症に移行した2023年5月8日以降、コロナのワクチン接種のバイトも激減しました。
これに加えて、集団接種を行う自治体も、ワクチン接種時の想定外の緊急時に全く機能できなかったフリーター医師の力量を把握したため、医師レベルの担保のためワクチン接種を地域の医師会などに依頼することになりました。
小児の基礎疾患がある方のワクチン接種の案件は時給15,000円から18,000円で希少ながらありましたが、臨床能力に自信を持たない医師には参入が難しい状況でした。
企業出張の健康診断においても価格再編成が進み、今や定番であったフリーター健診医の「時給12,000円、年収2,000万円、当直オンコールなし」という神話も崩れ去れました。
健康診断の二次外来という、異常データを認めた受診者の内科フォローの価格は伸びましたが、誰でもOKという健康診断の案件は、とある大手法人が給与値下げを皮切りに、整合性を合わせるために他法人も一気に値下げをしました。
報酬は地域や拘束時間・アクセスや人数によって変動がありますが、都心部では時給6,000円から8,000円程度に減少しても充足に至りました。
また、健康診断そのものの案件も、法人が信頼できる医師を独自で確保するため、2024年には従来の案件の5分の1程度にまで減少しました。
結果として、フリーター医師の大半の未来予想図が「曇りのち雨」という状況では、美容系若手医師がSNSなどでキラキラした華やか生活を投稿している様子に刺激され、美容医療への転身を検討する動きも見られます。
しかし、美容領域もSNSでの集患など競争が激しく、容易に成功できるわけではありません。
最終的には、しっかりとキャリアを積んできた医師が様々な医療機関やほか団体から、好待遇で求められ、そうでないものとの区別が明確になってきました。
まとめ
医師が医療を提供していくなかで、公務員医師を除くほとんどの医師にとって、アルバイト勤務は誰もが通るひとつの道といえます。
近年では、こうした非常勤医師に求められるスキルは高くなっており、以前のように手軽に稼げる時代ではなくなりました。
しっかりと努力して自分のスキル・知識を確実なものとして、いつどこでも申し分のない医療行為やコミュニケーションを提供できるものが、常勤でも、そしてアルバイトでも勝者となります。
記事執筆 医師 武井智昭