細胞が本来持つ再生力を利用して疾患を治療する再生医療は、これまで有効な治療法のなかった疾患の治療ができるようになるなど、世界中で研究が進められています。
このため、日本では世界に先駆けて再生医療を推進するための法律が整備された他、薬や医療機器の安全基準を定めていた法律が改正されるなど、国を挙げて新しい医療を推進するという体制が構築されています。
(2014年11月、「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」と併せて、「再生医療等の安全性の確保等に関する法律」を施行し、再生医療等の安全性の確保に関する手続きや細胞培養加工の外部委託のルール等を定めました。)
再生医療、保険適応はたった10種類
厚生労働省は関係省庁と連携し、基礎研究から臨床段階まで研究開発助成を行い、臨床研究やiPS細胞を用いた創薬研究に対する支援など、再生医療の実用化を推進する取組みを実施しています。
また、再生医療の開発を進めていくにあたって煩雑だった書類上の手続きの軽減、ヒト由来の幹細胞バンクを研究機関と共同で設立し、オーダーメイド方式でかかる莫大な費用と時間を省く目的で、日本人の約4割に適合できる再生医療用iPS細胞ストックプロジェクトを設立するなど、広く国民が最新医療を享受できるための取り組みが徐々に進んできています。
しかし、現在(2021年2月)、厚生労働省の承認を得られて、健康保険が使える再生医療等製品は10種類に限られ、多くは自己診療で患者の判断にゆだねられるケースが多いことなど、有効性や安全性などが確認中の段階にあります。
実際に、1人の患者から細胞を採取して培養し、疾病の治療に適合する細胞を作成し、再生医療を実現するには、数億円という莫大なコスト、半年から1年という時間、更に移植後の拒絶反応や未分化細胞を移植する手法であるがゆえのガン化や他細胞への分化が起きるなど、予期しないリスクがまだまだ存在するため、臨床試験、治験を繰り返し、安全性を確保しつつ迅速に現実的な提供体制を整える必要があるのです。
そもそも再生医療とは?
再生医療は、既存の医薬品では治療が難しいものや、治療法が確立されていない疾患に対して新たな治療法として注目されています。
具体的には「体性幹細胞」「ES細胞」「iPS細胞」の大きく分けて三種類が現在の再生医療において主に使用される細胞です。
これらの細胞を用いて、臓器や組織の欠損、機能障害・不全に対し、それらの臓器や組織を再生し、失われた人体機能の回復を目指す医療全般を指します。
特に2012年に京都大学の山中教授らがノーベル賞を受賞した幹細胞の一つであるiPS細胞は、従来のES細胞の難点でもあった「受精卵の胚を取り出す」という倫理上の問題を解決しながらもES細胞と同等の能力を持ち、さまざまな器官・細胞へと分化できる多能性と、ほぼ無限に増殖する能力(増殖能)を持ち合わせています。
iPS細胞等を活用した再生医薬品の開発・製造が進めば、人体の臓器や組織における細胞の老化が原因の疾患について、将来的に、より根本的な原因に直接作用できる治療や、高齢社会においてQOLの向上に貢献できることが期待されています。
再生医療 ~iPS細胞の可能性~
iPS細胞による再生医療は、2014年の網膜症の症例を皮切りに、世界初となる症例も次々に発表され、日本の技術力に大きな期待が寄せられています
近年、世界中で平均寿命の延伸が続いていますが、細胞の老化が原因となって引き起こされる慢性疾患も増えてきています。
また、遺伝によるDNA 変異で引き起こされる疾病、数十万人に1人などの症例の少ない疾患には、現在使われている薬だけでは根治できる治療法が存在しない場合があります。
例えば加齢黄斑変性は、高齢化が進む日本において多くの罹患者がいるのにも関わらず、現在の医療では完治することは難しく、特殊なレーザーの照射を定期的に大きな病院で受ける必要があり、それでも視野を徐々に狭くなるのを防ぐに過ぎず、根本的な治療には至っていません。
しかし、角膜をiPS細胞により作成、移植し、再生することで視力の回復や、網膜を再生することで加齢黄斑変性の治療に応用できる可能性があり、研究が進んでいます。
また、iPS細胞から血液の成分である血小板を作ることにもラボベースで成功しており、赤血球や白血球を作ることも可能になりつつあります。
将来的には、輸血やそのための献血をしなくても、輸血による感染リスクや輸血ストック不足を解決する研究と言えます。
これらの技術を応用していけば将来的には体の臓器を丸ごと作成し、移植医療を支えられるのではないかという期待が寄せられています。
しかし、iPS細胞は、万能細胞ともいわれる未分化な細胞であるがゆえに、意図しない細胞への分化や、ガン化するリスクが高いため、同時にこれらの課題を解決するための研究も進められています。
続いて、それらのリスクを克服し、慢性心疾患において移植に成功した例をご紹介します。
再生医療における日本の技術力
現在世界では200以上の症例における治験が実施されていますが、日本は世界でもトップレベルの技術で牽引しています。
国内では主に研究・治験は基幹病院・大学病院が再生医療を担っていますが、治療が難しいとされてきたパーキンソン病(京都大学)、心筋再生(大阪大学)、脊髄再生(慶応大学)、網膜再生(神戸理研)等、国内での専門拠点が日本の技術を支えています。
世界に先駆けて行われたiPS細胞の活用例としては、iPS細胞由来心筋細胞シートの適応手術があります。
iPS細胞を用いた移植例
iPS細胞をシート化、重症心不全への画期的な治療へ
大阪大学大学院医学系研究科の澤芳樹教授(心臓血管外科)らの研究グループは、iPS細胞から作製した心筋細胞による心筋再生治療の開発を進めており、iPS細胞からヒトに移植可能な安全性の高い心筋細胞を大量に作製し、シート化することに成功。
厚生労働省/医薬品医療機器総合機構に医師主導治験計画届書を提出し、2020年1月に第1例目の被験者にiPS細胞由来心筋細胞シートを移植しました。
この例の特筆すべきポイントとして下記が挙げられます。
- iPS細胞からヒトに移植可能な安全性の高い心筋細胞を大量に作製、シート化することに成功したこと
- iPS細胞から作製した心筋細胞シートについて、重症心筋症の患者を対象としてヒトへの移植に関する安全性及び有効性を検証する医師主導治験を実施(第1例目の被験者に移植を完了した)したこと
- 深刻なドナー不足である重症心不全に対する新たな治療法として期待される歴史的な一例だということ
今回の治療法では、京都大学で樹立された医療用のiPS細胞を用い、品質基準を満たした心筋細胞を事前に大量に作製・保存しておくことができるため、培養時間を大幅に短縮できることから、一刻を争う心疾患において緊急の使用も可能です。
このことは、有効な治療法の存在しない重症心不全に対する新しい治療となる可能性があり、深刻なドナー不足である我が国の移植医療において、一石を投じる治療法になるものと考えられます。
短時間、低コスト化に向け世界に誇る競争力を強化
2025年大阪万博に向けてmy iPSプロジェクトが進行中
このように、高い技術を必要とするiPS細胞による再生医療は、今後、大量培養を含めた技術移転による産業化や、後述するMy iPSプロジェクト等による普遍化が期待されています。
山中教授らはこれらの現状から、2025年の大阪万博を目指して、「技術改良による製造期間の短縮化、品質管理の効率化と大幅なコストダウンを背景に、免疫拒絶のない自家iPS細胞を用いた再生医療の普遍化を目指すプロジェクト」であるmy iPSプロジェクトを進めています。
⾃分⾃⾝のiPS細胞を使うことで、免疫拒絶のない再生医療の提供価格を現在数億円かかるものを1 0 0 万円まで落とし、実⽤化を2 0 2 5 年3 ⽉、 1年間に1 0 0 0⼈分を製造可能な技術開発を行うというプロジェクトです。
世界各国は日々先行者利益の獲得に走っており、日本もこの供給体制を5年以内に実現できなければ、世界のトップは走れないという予測もあります。
さらに高度な治療技術として、遺伝子治療、ゲノム編集、AI・データなど関連領域との融合しながら発展することが重要であり、最終的には、生活者・患者自身およびそれらを支える産業群、製薬会社・医療従事者などさまざまな ステークホルダーにとって新たな価値を生むツールになる構想も重要になってきます。
再生医療を世界のトップを牽引する貴重な産業として位置づけ、国を挙げて重点的に支援する枠組みがまさに今求められています。
記事執筆 医療ライター 田森裕
日本再生医療学会
厚生労働省
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryou/saisei_iryou/index.html
京都大学iPS細胞研究所
https://www.cira.kyoto-u.ac.jp/
https://www.cira.kyoto-u.ac.jp/j/faq/faq_ips.html
大阪大学大学院医学系研究科
https://www.med.osaka-u.ac.jp/introduction/research/joint/regenerative