救急車の出動件数は増加傾向にあり、救急車の費用増加だけでなく、重傷者への対応の遅れといった課題があります。
そのため、救急車の有料化を実施することで、救急車の適正な利用を促し改善するという議論が行われてきました。
本稿では、救急車の出動回数と内訳、海外の救急車利用の実態を紹介し、救急車有料化のメリットとデメリットについて解説します。
救急車の出動回数と内訳
総務省)「令和3年中の救急出動件数等(速報値)」のポイントによると、令和3年(2021年)の救急車の出動件数、搬送人員は、前年よりも増加しました。
項目 | 数 | 前年比 |
出動件数 | 619万3,663件 | 4.4%増 |
搬送人員 | 549万1,469人 | 3.7%増 |
平成13年(2001年)以降の長期的な推移を確認すると、増加傾向にあることがわかります。
また、救急車による搬送人員のうち軽症の割合は、45%程度となっています。軽症、中等症、重症、死亡といった傷病程度別の割合を示したものが次の表です。
引用:総務省)「令和3年中の救急出動件数等(速報値)」のポイント
これらのデータから、救急車の出動回数は増加傾向であり、45%程度が軽症(外来診療)であることがわかります。
出動1回あたりの費用
東京消防庁)機能するバランスシートによると、救急出動の1回あたりのコストは45,000円と記載されています。
この費用は、東京消防庁の救急事業のコストの合計285億5,200万円を、年間の出動回数の63万回で割った数値です。
総務省)「令和3年中の救急出動件数等(速報値)」のポイントによると、令和3年(2021年)の出動件数は619万3,663件だったため、救急車の出動による費用は以下のように試算できます。
1回あたりの費用 | 出動件数 | 費用 |
45,000円 | 619万3,663 | 約2,787億円 |
海外の救急車利用の実態
消防庁)救急業務のあり方に関する検討の資料に、アメリカ(ニューヨーク)、フランス(パリ)、ドイツ(ミュンヘン)、イギリス(ロンドン)、シンガポールでの救急車の利用状況に関する調査結果がまとめられています。
概要
ドイツ(ミュンヘン)では救助本部が総合指令センターを設けすべての救急連絡を受付し、適切な対応先を選択する仕組みを取っています。
しかし、ドイツ以外の国では民間救急会社、ボランティア団体、タクシー利用といった搬送方法も取り入れ、棲み分けを行っています。
費用
救急車利用時の料金は、イギリス(ロンドン)のみ無料で、料金徴収がありません。
ドイツ(ミュンヘン)の場合は、医師の指示による緊急の場合は病院搬送費用はかからず、シンガポールの場合は、緊急と判断された場合は無料で救急車を利用できます。
一方、アメリカ(ニューヨーク)、フランス(パリ)は、搬送したすべての人に対して救急車の利用料金を徴収しています。
電話相談、緊急度判定
アメリカ(ニューヨーク)、フランス(パリ)、ドイツ(ミュンヘン)、イギリス(ロンドン)では、24時間365日対応の緊急連絡の電話相談事業を実施しています。
電話相談では、以下の内容を相談可能です。
- 開いている病院、受診すべき病院の案内
- 急病や怪我の際の応急手当の方法
- 救急車を利用すべきか否かの相談
- 利用できる救急搬送サービスの案内
このように、海外では救急車利用の有料化を実施している地域があり、緊急度判定のために電話相談事業が実施されており、救急車の適正な利用を促す仕組みが導入されています。
有料化事例
救急車の有料化に踏み切った事例として、台湾(台北市)のケースを紹介します。
台湾では2005年から2011年にかけて緊急出動件数が大幅に増加したこともあり、1件あたり1,800NT$(約6,000円)を徴収するという、一部有料化を2012年12月から導入しました。
次のような条件にあてはまると認められた場合は、有料となります。
- 飲酒等による、緊急性が低いとみなされる場合
- タクシーなどで来院することが可能な場合
- 救急搬送されたが自力で医療機関から帰宅できる場合
このように、海外でも救急車の利用件数の増加により、一部有料化が導入された事例があります。
救急車有料化のメリット
救急車を有料化した場合、考えられるメリットについて解説を行います。
日本の救急車の利用状況に関する概要として、次の3点が挙げられます。
- 出動件数は増加傾向にある
- 搬送人員のうち、約45%は軽症(外来診療)である
- 出動1回あたりの費用は45,000円であり、費用を試算すると約2,787億円である
また、軽症者が救急車を利用する理由として次のようなものがあると「救急医療サービスの経済分析(2007)」で報告されています。
「救急病院がわからない」
「訪ねても専門医(小児科医など)がいない」
「病院をたらいまわしにされる恐れがある」
この他にも、このような理由が実際にあった通報として報告されています。
「タクシーで行こうとしたが、救急車にした」
「ガラスで足を切った。5 分位歩ける。タクシーで行けるが…」
「病院がわからないから救急車で」
「手の打撲。タクシーで対応可能だが」
このように、救急車の利用件数は増加傾向にあるにも関わらず、適正とは言い切れない理由による利用が存在してることが問題として挙げられます。
このような救急車の利用が継続した場合、重傷者への対応が遅れるという悪影響が考えられます。
消防庁)救急業務のあり方に関する検討によると、救急車の現場到着時(察知から現場到着までの時間)と病院収容時間(察知から病院収容までの時間)は、平成13年(2001年)から伸びていることがわかります。
さらに、初診時に重症、または死亡と診断された傷病者のうち、医療機関の照会回数が4回以上の事案が全体の3.2%あり、現場滞在時間30分以上の事案が5.3%あったという点も、問題として挙げられています。
引用:消防庁)救急業務のあり方に関する検討
特に、首都圏、近畿圏といった大都市圏では、照会件数が多い、または現場滞在時間が長い事案の比率が高い点も見逃せません。
このように、救急車の出動実態として、重傷者への対応が遅れているという問題が発生しています。
さらに、救急車の利用件数は増加傾向にあることから、救急車の出動費用も増大することは避けられないでしょう。
救急車の有料化を行い適正な利用を促すことで、これらの問題が改善する可能性があります。
救急車有料化のデメリット
救急車の有料化を行い適正な利用が促されることで、問題点として挙げられていた重傷者への対応が改善し、救急車の利用件数の増加に歯止めがかかる可能性があります。
しかし、救急車の有料化には次のようなデメリットがあると、消防庁)救急業務のあり方に関する検討で報告されています。
概要 | 詳細 |
生活困窮者等が救急要請を躊躇する |
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有料・無料の区別・判断が難しい |
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傷病者とのトラブルが増加するのではないか |
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料金徴収等に係る事務的負担が増加するのではないか |
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救急車の有料化には、このようなデメリットがあるため、有料化には踏み切れていないのが現状です。
まとめ
本稿では、救急車の有料化に関する現状と課題について解説を行いました。
救急車の利用件数は増加傾向にあるだけでなく、搬送人員のうち軽症が約45%を占めています。
その結果として、重傷者への対応が遅れ、救急車の出動費用の増大といった課題があり、救急車の有料化により改善する可能性があります。
海外では救急車の有料化を実施している、または有料化に踏み切った事例がありますが、様々なデメリットがあるため日本では有料化には踏み切れていません。
このように、救急車の有料化は様々な背景や問題が存在しており、簡単には実施できない問題ですが、できることから改善を積み重ねることが現実的な対応策だと考えられます。
記事執筆 医療ライター 土光宜行