日本の公的医療保険制度上、保険診療で使われる医療用医薬品は、国が定めた薬価に基づいて計算されています。
実際に医療機関が医薬品卸などから購入する仕入れ値は、販売競争原理で通常、薬価よりも安く設定されます。
薬価と販売価格の差益はそのまま医療機関の収入となりますが、薬価改定とはこの薬価と販売価格の乖離率を計算し、一定以上の平均乖離率の品目には国から改定が入るという制度です。
薬価改定が毎年行われる?
政府はこれまで2年に1回、薬の「実際に取引されている値段」を調査し、その価格に応じて薬価を引き下げてきました。
ところが2016年末に、実勢価格をより迅速に反映して医療費の適正化や国民負担の軽減につなげようと、当時官房長官だった元首相の菅義偉氏が主導する形で、薬価改定を毎年実施する方針を決定します。
本格的な薬価改定は従来通り2年に1度のペースを維持しつつも、その中間の年(つまり毎年)薬価と乖離幅が大きい品目については、薬価を下げることにしました。
結果、中間年改定は2021年4月1日に初めて実現されることになり、(前年2020年9月の取引価格を調査)今回の改定となったのです。
薬価改定される範囲と国費削減効果
そもそも法律上、薬価や診療報酬の改定には厚生労働省は大臣の諮問機関である中央社会保険医療協議会(中医協)での議論を前提とする必要があります。
与党である公明党をはじめ、売値が引き下げとなる製薬業界、売買差益の減少する診療側の日本医師会(日医)はこの改定に慎重だったため、中医協での議論は非常に難しいものになりました。
結果的に、昨年12月17日に行われた厚労・財務両大臣と内閣官房長官による折衝では、市場価格との乖離率5%以上ある品目を引き下げの対象とすることで決着しました(全体の平均乖離率は約8%)。
この規定による対象品目数は、全品目の69%に当たる1万2180品目となり、▽新薬1350品目(59%)、うち新薬創出加算品240品目(40%)、▽長期収載品1490品目(88%)、▽後発品8200品目(83%)、▽その他の品目(昭和42年以前収載)1140品目(31%)となります。
これまで、価格の高止まりが指摘されてきた長期収載品や基礎疾患治療薬の薬価にもメスが入ることで、長期収載品に依存するビジネスモデルからの脱却を狙った施策でもありました。
また、この改定により医療費ベースで約4300億円、国費ベースで約1000億円の削減につながる見込みです。
製薬業界、診療側への影響と配慮
従来、このような薬価の引き下げによって生まれた財源は、診療報酬改定における診療報酬本体の引き上げ財源となってきました。
しかし今回は薬価改定のみ行われるため、薬価の引き下げによって生じた財源はそのまま国庫として国の財源になります。
このような毎年の薬価改定に加えて、高齢者の窓口負担引き上げが相次いで決議されたことで、診療側のダメージが大きくなる一方、配慮ともいえる施策も講じられています。
2021年度薬価改定が平均乖離率5%以上の医薬品を対象とすることが決まった大臣折衝の場では、新型コロナウイルス感染症に対する予防策を講じている医療機関に対し、2021年4月から9月末までの半年間の期間限定の措置ではありますが、すべての患者を対象に診療報酬点数を設ける措置も決定しました。
2020年4月以降、厚労省は新型コロナ対策として数々の診療報酬上の対応を実施してきましたが、今まではもっぱら新型コロナ患者対応に関わるものでした。
それが数々の政権の施策への配慮なのか、新型コロナ感染の有無に関わらないものも広く含めた模様です。
中でも、初再診やすべての種別の入院料などへの加算を認めた点は、実質的にほぼすべての医療機関・薬局で算定できることから、診療側には大きなメリットとなります。
以上のような、新型コロナウイルス感染症による医療機関の経営への影響を勘案して講じられた緩和措置のほかに、製薬業界への配慮もされています。
「経済財政運営と改革の基本方針(骨太方針2020)」にも上ったような、医薬品卸業者と医療機関との間で起きる問題への対応です。
具体的には、医薬品卸と医療機関の川下取引では、交渉時期の遅れや、取引期間の短縮化など、イレギュラーな取引状況などがコロナ禍の影響もあり多数指摘されています。
製薬会社と医療機関の間を取り持つ医薬品卸の経営状況は大変厳しいというのが現実です。
新型コロナウイルス感染症拡大による医薬品市場の縮小、2019年10月及び2020年4月の類似の薬価改定による売上減少、最終原価率の上昇やそれに応じた価格調整に十分な時間がとれなかったこと等が売上総利益の大きな減少につながりました。
加えて、その状況に対しての経費の減少が追いつかなかったこともあり、総じて大幅な営業利益の減益となりました。
このため、改定半年後に実施した2018年の薬価調査(7.2%)を0.8%上回ったことを考慮にいれることにし、調整幅の2%だけでなく、「新型コロナウイルス感染症特例」として「一定幅」の0.8%分引き下げ率を緩和することになりました。
なお、製薬企業と医薬品卸の間の川上取引は、医療用医薬品の流通改善に関する懇談会(流改懇)」の取りまとめにおいて、「コロナ禍の影響はさほど大きくなかった」とされています。
後発医薬品への目標設定
当時の田村厚労相、麻生財務相の大臣折衝では、「後発医薬品の更なる使用促進」についても取り決めが交わされました。
後発医薬品の数量シェア80%目標達成後の新たな目標設定や、バイオシミラーの利用促進についても盛り込まれました。
数量シェア80%に代わる新たな目標については、後発医薬品の浸透状況に地域差があることを踏まえ、「全ての都道府県で、80%目標達成、維持」などが案として浮上しています。
後発品の使用割合については、公表範囲を都道府県別などだけでなく、医療機関ごとにまで拡大・詳細化することも検討されています。
データを分かりやすく処理、公開することで、後発品の使用浸透の推進を促す狙いです。
また、後発品を含めた、医薬品の適正使用に資する「フォーミュラリガイドライン」を策定することも盛り込まれています。
適正使用については、医療費の適正化と安全性の重要性が指摘されるなかで、厚生労働科学特別研究事業の研究班などの結果を踏まえて検討が進められる見込みです。
新薬の取り扱いについても今後更なる議論が必要でしょう。
新経済・財政再生計画(改革工程表2000)では、新薬創出等加算対象品目を比較する場合の薬価算定の見直しや、新薬や後発医薬品が代替されることが多い長期収載品の段階的価格引下げの期間のあり方、新薬創出等加算の対象外である品目に関し、同加算の対象品目を比較薬とした薬価算定における比較薬の新薬創出等加算の累積額を控除する取扱いの検討などを明記しています。
2022年度薬価改定に向けての動き
このように進められてきた2021年度の薬価改定ですが、2022年度の薬価改定では特に調整幅2%の引下げの是非で賛否が分かれています。
構造として、支払側の委員が調整幅2%の引下げに言及したのに対し、診療側の主張は慎重または引上げ、という内容で対峙しています。
しかし、2021年度はコロナの影響の下での例外的な対応や施策も多く行われた一年でした。
このような年を前提とせず、あくまでも通常の改定ルールを中長期的な課題として議論すべきでしょう。
実際に2021年の中間年改定の結果、医薬品の流通・価格にかかわるすべてのセクション、医療機関・薬局・卸・製薬会社にそれぞれどのような影響があったのかをきちんと把握すべきです。
また、次年度以降の中間年改定での薬価改定の範囲、原価計算方式での営業利益率、長期収載品の価格引下げの期間、調整幅は何%であるべきか、など、多岐にわたる検討が必要です。
まとめ
そもそも医薬品とは健康寿命の形成に資するものであり、新産業創出及び国際展開の促進を図る、我が国の重要な産業の一つです。
製薬業界のイノベーションに対する社会からの適切な評価、国際競争力に資する研究費を確保しつつ、国民負担を軽減し、高い医療水準、国民皆保険制度を維持していくことは今後も大きな命題です。
コロナ禍での製薬業界、診療側のダメージは過去経験のない水準に達していますが、今後も繰り返し実施される薬価改定で薬価は下がり続けることが予想されます。
医薬品の市場規模で世界最大の米国では日本のような医薬品の公定価格である薬価はそもそも存在しません。
そのため、製薬会社は自由に医薬品の価格を設定できるため、各医療機関は共同購入の組織(GPO=Group Purchasing Organization)に加盟し、GPO が製薬メーカーや医薬品卸業者と価格交渉し、共同で大量に購入するという形で購入します。
こうして医療機関への納入価格が決まるので、日本のような薬価差益という概念が米国には存在しません。
医療機関が薬価差益を収入源とするということ自体が生じないのです。
日本の製薬業界のビジネスモデルにも限界が見え始める中、米国のような仕組みが検討に入ってくる未来も近いのかもしれません。
記事執筆 医療ライター 田森裕
引用サイト
厚生労働省
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000188411_00033.html
https://www.mhlw.go.jp/content/12400000/000607236.pdf
https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/shingi-chuo_128157.html
中医協
https://www.mhlw.go.jp/content/12404000/000703122.pdf
全病会
https://www.ajha.or.jp/news/pickup/20200801/news03.html