皆さんは国民的アニメ「サザエさん」をご存じかと思います。
磯野一家のほとんどは、近くの開業医にかかり、発熱や突発的な事態があった場合に自宅に「往診」をするシーンが漫画でもテレビでもみられます。
年に1回程度、カツオが休日に発熱し、波平が診療依頼して自宅で医師の診察を受け、薬を受け取っているシーンです。
ふだんの「かかりつけ医」の存在と信頼があったうえでの診療行為であり、違和感はありません。
時はながれ平成・令和。
少子高齢化が進行して、自力で医療機関にかかることが困難になる方が増加しました。
「住み慣れた自宅で医療・介護を受けたい」というニーズから、定期的に自宅や入所施設に伺う「訪問診療」と、発熱など具合が悪い場合に臨時に診察に伺う「往診」が一般的となり、厚生労働省の財政的配慮(診療報酬の増額)により在宅専門のクリニックも増加しました。
急増する「いっとき往診サービス」の裏側
こうした在宅医療・往診のニーズを「市場」と考え、2010年代は株式会社Xが、これに追随して株式会社Yが設立されました。
両社は、全国各地で医療経営の困っている、あるいは夜間の診療に熱意があるクリニックを探して業務委託提携を行い、最大で13都道府県に提携クリニックを展開しました。
この形態のサービスは、患者・家族と日常的な関係がないまま、「いっとき」「その場限り」の救急外来を自宅で行うものであり、「かかりつけ医」「訪問診療」の概念とはかけ離れたものといえます。
ここに法律上の問題があります。
日本では、医療の開設は「営利」を目的とした株式会社が開設運営をすることは禁止されております。
飲食等のサービス業と同様に、利益・マーケットを求めて医療機関を展開し、営利継続が困難となればすぐに撤退するというスタンスでは、地域住民の健康や他の医療機関への影響が懸念されるからです。
こうした事情から、人々の健康を守るという「公益」という立場の各医師会は、この「いっとき往診サービス」に反発を繰り返しておりました。
高収入アルバイトとしての往診:その実態
前述の往診サービスは、診療報酬が高く設定されている平日の夜と土日祝日のみ営業をしているようです。
医師の待遇ですが、株式会社Xでは1晩12万円以上、株式会社Yでは1晩14万円以上(往診件数により変動)と破格な値段でした。
筆者はこちらの両社にそれぞれ1回ずつ、スポットアルバイトとして勤務をしましたが、株式会社Xは待機が車であるのに対して、株式会社Yは深夜営業のファミリーレストランでの待機でした。
実際に往診に行く家では、本当に具合が悪く早急な対応が必要であったのは2件のみで、そのほとんどが小児の発熱案件でした。
小児の多くは自宅で走りまわるくらい元気であり、成人のケースにおいても、外出ができないと説明される一方で実際には往診が不要ではないかと思われるケースもありました。
また、どちらの株式会社も「医師の採用は担保している」となっていますが、そのほとんどは医師人材紹介会社からのあっせんで、診療レベルに疑問を感じた家族が医師の名前を検索したところ、大学病院2年目の医師であったり、過去に医療訴訟を起こしていた医師であったという事例もあるようで、医師の採用が担保されている状態とはとても言えないと感じました。
高報酬のカラクリ、医師確保と医療費の関係
成人の場合は3割負担の場合、深夜では13,000~15,000円(検査がない場合)となり、これにインフルエンザ・コロナ抗原検査や採血をしたら20000円近くの自己負担になります。
ご存じの通り医療保険は3割負担なので、実際の1回の往診では40,000円から50,000円の診療報酬が医療機関(企業など運営元)に支払われます。
新型コロナウイルス感染症が2類感染の期間は、PCR・抗原検査の公費での負担になるため診療報酬の支払いが確実となり、高額な資金流入が見込まれました。また、高額な給与を提示することで若手や事情を持つ医師を集めやすかったのです。
自治体により異なりますが15歳未満小児の場合、前述の自己負担が「乳幼児医療」によりほぼ無料となり、深夜に子どもの発熱で不安を感じる保護者をターゲットに「無料で往診、感染リスク心配なし」を謳い文句に医療を展開しておりました。
令和6年診療報酬改定による、往診ビジネスの崩壊
医療への思いというよりもビジネス的な視点から展開をしてきた、株式会社XとYは令和6年の診療報酬改定で大きな転機を迎えました。
かかりつけ医がなく突発的な往診を行うクリニックでは、深夜往診加算2300点(23,000円)が、なんと485点(4,850円)にまで大幅減点をすることが決定されたのです。
厚生労働省のとある医系技官も、在宅医療による綿密な全身管理が必要な患者さんの往診と、かかりつけ医・主治医としての実態がない医療機関による突発的な往診を同じ評価にはできないというコメントでした。
令和6年3月1日には、1回あたりおよそ20,000円の報酬単価引き下げによる減収を受け、株式会社Xは「診療費以外の一部の費用については患者様に直接自己負担をいただく取り組みを開始する」として、勤務している医師にも給与見直しの通達が行われました。
また、株式会社Yは3月31日で往診業務からの完全撤退を表明しました。
コロナ禍での公費負担や小児医療制度による無償化などの恩恵があった中で、経営が厳しくなると早期に撤退を決める動きは、株式会社ならではとも言えます。
企業の役員には商社やIT企業出身も多く、市場性を重視するあまり医療の公益性への意識が薄かったのではないでしょうか。
皆様には信頼できる「かかりつけ医」をもつことの重要性をわかっていただければ幸いです。
まとめ
子どもが夜間に具合を悪くすることは珍しくありませんが、地域のクリニックや救急外来に行くのが大変なために往診を認め、往診料として夜間・休日は1,300点(13,000円)、深夜では2,300点(23,000円)の加算するのは明らかに医療費の無駄と思われます。
患者と家族は「自宅に来てもらって負担を減らしたい」、医者は「効率よく診療して給与を得たい」、運営企業は「コスパよく利益をあげたい」という意図が重なり、本来の医療保険制度の目的から逸脱する懸念があると感じました。
本来の在宅医療である「訪問診療」「往診」は、前述のように日中の「かかりつけ医」「訪問診療医」との信頼関係があり、突発的に他の医師の往診でもよいという、慢性疾患を多数抱える高齢者・末期癌の患者・グループホーム入所者・障害児者などが本来の対象であるはずだと医師として思っています。
執筆 ドクター TT