医師の家庭ではどのような進路選択、教育方針を採択しているのでしょうか。
前編では、未就学期について取り上げました。
両親の就労形態にもよりますが、0歳から多くの時間をお子さんの教育に費やしている熱心なご家庭が多い印象です。
医師という職業に限らず、お子さんの自由な意思で進路を選択していってほしいと願うご家庭も、お子さんに医学の道を進んでほしい、お子さんが自ら医学を学びたい、というご家庭も多くいらっしゃると思います。
以下に挙げる選択肢は、ほんの一例ではありますが、医師の親を持つ家庭がどのような小学校以降の就学環境を選んでいるのか、パターンとして参考にしていただければ幸いです。
両親とも、またはどちらかが医師で開業または勤務医、その他の群として医師免許ホルダーではあるが他業種で活躍されている方のお話やケース、約100家庭のヒアリング結果をまとめています。
また、現在40~50代の親世代が育った時代の社会構造とは一変し、学校で採択されるカリキュラムもその内容もどんどん変化しています。
この記事では、既知の一般的な教育段階の説明ではなく、各就学環境の選択に一考を投じられるような最近の傾向や、近年大きく変化した事柄についてより多くご紹介していきたいと思います。
小学校 ~何を基準に選びますか?~
公立小学校
公立小学校は2020年4月に施行になった新学習指導要領に従い授業が進められ、特筆すべきは3年生から英語教育がスタートしたことだと思います。
高校卒業までに読む、話す、聞く、書く、の4技能を自在に運用できることを目標に掲げています。
加えて各教科の学習を通じたプログラミングの習得や、プレゼンテーションや論理的な文章を読み書きできるようになるための論理国語、2022年度からは小学校高学年で完全教科担任制の取り組みも始まり、新しい学びが深まることが期待されています。
公立小学校を選ぶ理由としては
- 様々な家庭環境の友達と関わる中で、社会構造のリアルを知ってほしい
- グローバル化が進む今だからこそ、日本人としての文化や礼節を知ってほしい
- 放課後の習い事と長期休暇に資金を回す
- 私立に行かせる金銭的な余裕がない
- 学校給食の充実(栄養価、旬の食材、地域や日本の食文化も学べる)
このように様々な視点から就学環境として公立校を選んでいます。
有名校長がいる、学力が高い学区、行事に力を入れているなど人気の高い小学校もあります。
原則、住民票のある学区の小学校に入学することになりますが、空きがある場合は希望者や保護者の就労地などによりそれ以外の学区に入学を認められる自治体もあります。
私立小学校
大学までエスカレーター式、中学受験に強い、幼稚園からの内部進学など様々ですが、ほとんどが中学受験やその先の大学進学を見据え、対応が手厚いといった学校を選んでいます。
私立小学校を選ぶ理由としては
- 家族が代々その小学校の卒業生
- 中学受験に強く、対策が手厚いため安心
- 内部進学で大学までのエスカレーター式のため、その後の受験ストレスを軽減できる
- 向学心のある、家庭環境も似た友達の中で育ってほしい
- 公立校よりも教師の転勤が少なく、安定して学校生活が送れる
- 画期的な教育を取り入れている
などが挙げられました。
小学校受験には1歳、2歳のころから専門の塾に通い、対策を進めているご家庭が多いようです。
「受験=偏差値」のような統一された基準がなく、願書を始めとする書類の書き方対策や親の面接、身体能力をテストする際の練習、絵の描き方など、細部に至るまで志望校に応じた傾向を熟知している指導者の下で対策をしている傾向があります。
原則、文部科学省の新学習指導要領に沿った内容で授業が行われていますが、5年生で6年分の教科の学習は終わらせ、最後の一年間は受験対策に充てるところも多いようです。
また、創立母体に宗教が関係してくる場合は、宗教的行事・思想の時間がカリキュラムに反映されている学校も少なくありません。
国立小学校
入学試験と抽選を通過すれば入学出来ますが、通学区域が決められており、そのエリア内に入学までに居住していることが条件になります(受験日までにエリア内に居住していることが条件の場合もあります)。
授業内容は基本的には新学習指導要領に沿ったものですが、入学前の同意書等でも周知されるとおり、新しい教育方法の研究対象になることや附属の大学の教育実習なども多く実施されるため、通常の小学校の授業とは異なる部分が多いです。
そのため、新しい視点や自主性を育み、のびのびした校風の学校が多い印象ですが、一方で教科書通りに授業が進まないことも多く、学力面はあくまでも自主学習にならざるを得ない部分はあります。
附属の中高に内部進学するには学内での試験など、条件がある場合もありますが、教育熱心なご家庭とポテンシャルの高い生徒が集まる傾向にあるようです。
また、転居した場合も空きがあれば転居先の国立小学校に編入できるという利点もあります。
インターナショナルスクール
現代のグローバル社会でますます重要度が高まっている英語を着実に身につけられる、インターナショナルスクールの需要もさらに伸びています。
日本の幼稚園から入学を希望する場合、注意が必要なのは入学時の年度開始が9月始まりの学校の場合です(=4~8月生まれの子は幼稚園年長の9月に入学です)。
ただし、入学時の英語力のテストも幼稚園入学時とは異なり、レベルが高くなりますし、外国籍を保持しているご家庭でないと事実上入れないような学校もあります。
そのため、志望校の日本人を受け入れている比率等もよく調べ、親子とも英語での生活に抵抗がないことや、入学時には年齢相応の読み書きと会話、算数を必要とする学校が多いです。
また、日本でも急速に広まりを見せている探求型学習で世界に目を向けるバカロレア教育を取り入れている認定校もその多くはインターナショナルスクールで、海外大学を見据えて選択するご家庭もあります。
教科の境が無く、一つのテーマを深く広く学ぶため、日本の大学受験との両立は難しいですが、海外大学や東京医科歯科大学などバカロレア入試を実施している医学部も増えているので、興味のあるご家庭は選択肢に入れてみるのもいいかもしれません。
東京のあるインターナショナルスクールは、ディプロマ認定試験の点数が世界で10位以内に入るなど、目覚ましい成績で世界の名門校に卒業生を輩出しています。
インターナショナルスクールを選ぶご家庭の意見としては、語学力は勿論ですが
- 親に留学経験があり、子供にも肌で世界を知ってほしい
- 将来は海外大学に進んでグローバルな人材に
- 地球規模で物事を考えられるような教育に魅力を感じている
- 異文化の多様性を受け入れ、広い視野とマインドを持ってほしい
- 日本式の知識・偏差値重視、詰込み教育に疑問を感じている
- のびのびした子供らしい自由なカリキュラムに魅力を感じている
というご家庭が多いようです。
グローバル化は勿論ですが、社会情勢や環境の変化が著しいこともあり将来の不確実性が増す中、どんな場所でもやっていける子供になってほしいという気持ちから、受験者は年々増加しています。
ただし、インターナショナルスクールの学費は行政からの補助が無い場合が多く、都心部であれば平均約200~300万/年です。
また、カレンダーも他国のものを採用、学習カリキュラムもアメリカ、イギリス、キリスト教の教科書などを使うので、日本の学校との学習順序、レベルは大きく異なります。
「家庭学習が基本」とされ、成績もあくまで自己責任で、小学生でも飛び級、留年があります。
文化的な面でも学校と家庭、双方からの理解が必要です。
また、小学校から海外校に入学を考えるご家庭もあります。
イギリス、スイス、アメリカのボーディングスクールのほかにシンガポール、マレーシアなどのアジア圏もヨーロッパの名門校が進出してきており、人気が高まっています。
コロナの影響で気軽に見学や体験入学が難しくなってはいますが、オンラインで説明会は多く開催されています。
小学校から海外で過ごされるご家庭の意見としては
- 世界中の人脈を学校時代から獲得できる
- ボーディングスクールで世界中の子供たちと触れ合い、協調性、自立した精神を培うため
- アジアのボーディングスクールやインターナショナルスクールは本場のイギリス、スイス、アメリカよりも安価に同水準の教育が享受できるため
- 世界の王室や著名人が卒業するような名門校で育ち、早期に人脈を獲得してほしい
等、小学校から本格的に海外の一流の教育を望まれるご家庭が選択されているようです。
中学校・高校 ~変わる評価~
中高一貫であれ、中学校・高校と別々に進むのであれ、偏差値や進学実績、スポーツや芸術等の強豪校など、将来を徐々に明確に見据えて選ぶことがほとんどでしょう。
中学入試時点で英検2級以上を取得している生徒は試験科目としての英語が免除になるなど、英語に強いメリットがますます大きくなっており、受験勉強が忙しくなる小学校3年生までに英検2級、といった中学受験組の目標設定もよく聞こえます。
医学部を目指す場合は依然として従来の受験システムで進学するパターンが多いですが、最近では偏差値を廃止して、革新的な教育で世界を目指すような中高も出てきています。
東京の広尾学園では偏差値による評価を廃止、学生の自発的な向学心、向上心を育てる教育を徹底したところ、中学校から学術論文を原著で読みこなし各自の研究を進めるなど、自由に学びを突き詰める方針をとっています。
結果、海外大学に合格する生徒が2021年度実績ではのべ200人を超え全国で断トツであり、医学部も現役合格は延べ45人と、偏差値では得られない前向きなモチベーションからの成果に、全国から入学希望者が殺到しています。
AO入試の変化
「勉強ではなく、一芸で入学するもの」という偏見もかつてはありましたが、AO入試で合格した学生の方が入学後の進路、やりたいこと、希望、モチベーションが明確なため、京都大や東北大などでは入学後の成績はAO生の方が高いという調査結果も出ています。
国立・私立含め医学部のAOはまだ少ないですが、徐々に広がっています。
その最たる例が東京大学のAO入試です。
国内大学では最高峰と言われる医学部もAO入試の対象ですが、大学はいま「天才的な研究者」を求めているといいます。
東京大学のAO入試は文理合わせて約100人の枠があるのにもかかわらず、合格するのは70人ほどの難関です。
合格者は国際数学オリンピックでの受賞歴ホルダーなど、突出した実績や研究、受賞、活動など、錚々たる才能を持つ学生たちで、その突き抜けた素質が評価されているようです。
大学は教育機関でありながらも、国の一大研究機関として未来の我が国の競争力を背負う次世代の才能を求めているのです。
それは決して偏差値、試験一辺倒では測れないような学生の思考力の深さ、論理力、経験からの推測力、努力し続ける力などを総合的に判断する試験です。
親にできることは
社会情勢の変化に合わせ、教育現場に求めるものも日々変わり続けていますが、なかなか旧体制からの脱却は難しく、受験の低年齢化は進む一方で、幼稚園から中学受験の準備を始めることも珍しくありません。
医師の家庭に限らず、よりよい教育環境を子供に与えたい、どんな世界でも幸せに生きていける子になってほしい、という願いは同じです。
その方法は家庭によって異なると思いますが、学年が進むにつれて受験に傾倒していくのは仕方がないことだとしても、その中でお子さんが夢中になれるものを見つけ、身近な大人がサポート役になることが、子供時代の学びを輝かせるのではないかと思います。
脳科学者の茂木健一郎さんは小学生のころ、大好きな蝶の研究をしていたのは有名な話ですが、それを見ていたお母様は近くに住んでいた蝶の研究をしている大学院生のところに茂木少年を連れていきました。
また、蝶の研究の権威に当時手紙でアポイントを取り、実際に研究室に赴き、まだ世界未公開の新種の蝶を見せてもらったことが鮮明な記憶として残っているそうです。
お母様が子供の世界を大きく広げるサポートをしてくれたことを茂木さんは語っています。
こうした働きかけのおかげで、茂木少年は蝶の研究を深める方法や、学会があることを知り、小学生から蝶の学会に所属し、賞も受賞していました。
親が子供にしてあげられることは何でしょうか。
お子さんの夢中になっているものを通じて、お子さんの社会、世界を広げ、引き上げてあげることなのではないでしょうか。
様々な意見を挙げさせていただきましたが、多様な価値観からご家庭の教育を再考する機会になってくだされば幸いです。
記事執筆 医療ライター 田森裕