日本で医師になるためには、医学部で6年間勉強し、医師国家試験に合格する必要があります。
一般的には大学3年生の就活時や、場合によっては大学院生になってからの就活で進路を決めるのに対して、医師は高校生の段階、つまり比較的社会に対する知見が乏しい中で進路を決定する、という特殊な環境です。
医学部を卒業しても医師以外の職業に就く人も少しずつ増えていますが、まだまだ少数派です。
今回は現役の医師として勤務している私が、同僚や友人の医師たちに聞いた『医師を志した理由』、そして彼ら・彼女らの現在とを合わせてご紹介していきたいと思います。
命を救いたい!高い志をもって
『目の前の命を救いたい』という強い使命感を持って医師を志した方も多いと思います。
家族や自分が病気になって医療と接する機会があり、その体験から医師を目指したという人、医療ドラマを観て感動したからという人、さらには現在の指導医クラスの医師のなかにはブラックジャックを読んで医師を目指した、という人もいます。
私の感覚的には医師の1、2割くらいがこうした理由である印象ですが、同僚や友人に話すのは少し恥ずかしく思う人もいるでしょうから実際はもう少しいるのかもしれません。
罹患の経験から
ある医師は自身が悪性疾患を患った経験があり、緩解して時間は経っているものの、心のどこかに再発の恐怖がありその気持ちを常に忘れずに診療している、と言っています。
その医師は自身の疾患とは異なるものの、悪性腫瘍の治療に当たっており、医師としては当たり前かもしれませんが、1例1例の治療に真剣で向上心が高く、こうした医師に巡り合えた患者は非常に幸せだろうなと個人的に思います。
真剣に向き合うからこその苦悩
高い志をもって医師になっても様々な現実に直面し、当初とは異なる道を選択する医師も少なくありません。
身内を癌で亡くした経験から医師を目指し、夢をかなえた人がいました。
しかし、癌診療において避けては通れない“治せない癌”が多くあることを目の当たりにして、その治療に向き合うことによる精神的な負担が重すぎたのか、悪性腫瘍を扱わない科に進みました。
真剣に患者に向き合う人柄だったからこそ、そうした医療の厳しい側面に耐えられなかったのかもしれません。
志と労働環境
年々改善には向かっているものの、いまだ根強く残る過重労働に耐えかねて、短時間労働で給与のいい自由診療の道へ進む医師もいます。
心臓血管外科や内視鏡技術認定医といった取得が難しい資格をもっている医師の名前を美容外科やAGAクリニックなどで見かけることもあります。
こうした医師がもともとの領域で力を発揮できるよう、医師の労働環境を早急に改善することで、日本の医療の未来が明るくなるのではないかと考えています。
親が医師だったから
今の日本ではこの理由で医師を目指す人が一定数いるかもしれません。
親が医師であるということは、医師という職業が身近であるということ以外にも、医師の子供は比較的教育にお金をかけてもらえる傾向が高いため、高学歴になりやすいことも理由にあるでしょう。
親が医師であったことがきっかけで医師になっている中にも、多様な考え方の人がいます。
自分は医師に向いていないと感じつつも、実家の医院を継ぐために医師免許を取得し、親と同じ科を専攻しているという人から、幼少期から親の働く姿を見て憧れを持ち、医師を目指したという人まで、その原動力は様々です。
仕事としての医療
医療を仕事、と割り切って日々の診療を行う医師もいます。
過度に患者に入れ込むこともなく全体を俯瞰して見られるため、冷静な判断を下せるところが良い反面、患者からは「冷たい」や「熱心でない」といった評価を受けてしまうこともあります。
例えば担当していた患者さんが夜間亡くなるケースで、夜間は当直医に任せる、という判断は合理的ですが、熱心な医師のなかには深夜に駆けつけて自分で対応する人もいます。
こうした医師と比較されるとどうしても低い評価になる傾向があります。
ただ今後は医師の働き方改革の影響で、合理的な判断が一般的になってくることが予想されます。
状況に合わせた客観的な判断を下し休養をしっかりとることで、安定したパフォーマンスで診療にあたれる医師の真価が認められるようになるかもしれません。
親の背中を見て
現在とは比較にならないほどの過酷な労働環境で働く親の姿にあこがれを持ち、医師を志した人もいます。
激務をこなす親の姿を見て育ったため、ストレス耐性も高く、語弊を恐れずに言えば医療に楽しみを見出して働いている人が多いように感じます。
良くも悪くも医療自体が生活の一部になっていて、臨床から教育まで高いバイタリティで取り組んでおり、同じ医師として尊敬している人が多くいます。
ただし、こうした働き方は近年若手医師から敬遠される傾向にあります。
一緒に働く若手医師に「自分も同等か、それ以上の働き方をしないといけない」というプレッシャーを与えてしまうこともあります。
志が高いがゆえに、後進の育成においてはむしろ悪影響となる場合もあるのが難しいところです。
給与がいいから
医師は先進国の多くで高所得者に分類されています。
給与を高く設定することで、高い能力を持った人材が集まる可能性をあげ、医療の質は維持されてきました。
偏差値と医師としての能力は完全に一致するとは限りませんが、ある程度の相関性があると考えられており、現時点では医療の質を維持する合理的な方法だと思っています。
このため、高い給与を得ることが主目的で医学部を目指す人も少なくありません。
医師の給与の現状
現在、医療業界を取り巻く経済状況は芳しくなく、年々減らされる医療点数や、人口が確実に減少することなど、今後医師の給与は下がることはあれども上がる可能性は低いかもしれません。
そのため給与を目的として医学部に進み医師となった人のなかには、美容医療をはじめとした自由診療に進む人、勤務医をやめフリーランスとしてアルバイトを掛け持ちで働く道を選択する人たちが増えているように思えます。
美容医療の業界は自由診療のため腕さえあれば年収は青天井で、卒後5年目で数千万稼ぐ医師も少なくありません。
10年後も現在の収入水準が保たれているかはわかりませんが、それまでに稼ぎきる、と言っている医師もいます。
アルバイトで生計を立てる医師
現時点ではアルバイト医師のほうが勤務医より給与水準が高く、勤務日や労働時間が調整できるなど、自由度が高い環境といえます。
特別なスキルを要さない業務が多いため、初期研修修了直後からこうした道に進む医師もいます。
特にここ数年はコロナワクチンのアルバイトの給与が、通常の外来アルバイトの2、3倍に膨らんでいたため、アルバイト医師増加に拍車をかけたといわれています。
しかしコロナワクチンの需要も収束し、アルバイト医師の増加により市場は供給過多に傾いたため、スキル不要なアルバイトの給与は現在低下傾向にあるようです。
それでも勤務医よりは高い給与水準は維持できており、しばらくアルバイト医師が増える傾向は続くと思われます。
数年前からアルバイトの掛け持ちで生計を立てているとある医師は「10年後に現在のようなアルバイトの仕事が残っているとは思えないので、それまでにできるだけ働いて資産を作って、その後は食費分くらい稼ぎつつ悠々自適に暮らしたい」といっています。
医師以外の選択肢
近年外資系のIT企業や、コンサル、金融企業への人気が高まっており、大学受験の時点で、こうした道を見据えた高校生が医学部ではなく工学部や経済学部を選択するケースが増えているといいます。
これらの外資系企業の年収は勤務医の平均を大きく上回るケースが多く、医師=高収入、というイメージが崩れつつあることに加え、コロナ禍で医療現場の過酷さが表面化したことで、給与面で見ると医師はコストパフォーマンスに合わないという考え方が、増えているようです。
実際日本屈指の進学校である灘高校や筑波大学附属駒場高校の成績上位の学生の東大理3離れも話題になりました。
今後も医療の質を保つためにも、高い能力を持った人材が医療の道を選択したくなるよう、労働環境改善や制度作りを進めていく必要があると感じています。
成績が良かったから
高校時代の成績がある程度よいと、進路の一つとして医学部が候補に上がってくるのは当然の流れだと思います。
しかし成績が良かっただけで自動的に医学部を目指した、という人は多くないと思いますが、ある集団はその割合が高い傾向があります。
それが東京大学医学部です。
東京大学の医学部は進学方法が特殊です。
東京大学の医学部とは
東京大学は大学入試で理系は理科1類、2類、3類に分かれていて、それぞれ大まかに工学系、理学系、医療系に対応しています。
そして、大学1、2年生の間の成績順に専攻する学部を選ぶことができます。
類ごとに各専攻に進める人数が決まっており、医学部医学科に進むには理科3類が圧倒的に有利で、その大多数が医学部に進むことができます。
理科1、2類から医学部医学科に進むことはそれぞれ数名ずつ可能ですが、東大生のなかで上位の成績を残さなくてはならないため、非常に難しいといわれています。
そのため、東京大学の医学部医学科に進学したい人は理科3類を受験するため、理科3類受験は実質東京大学医学部の入試と考えられるでしょう。
このような経緯のため東大理3の難易度は高くとどまり、その偏差値は常に日本最高を維持しています。
学力を測るための受験
東大理3を目指す学生の中には、自分の学力を測る意味で受験をする人もいるようです。
医学に強い興味はないものの、高校生時代圧倒的な成績を納めていたため、東大理科3類を受験し、そのまま医師になった知人がいます。
その知人は医師として働きつつ、研究の方面で非常に業績を残すなど、多方面で活躍しています。
近年は理科3類に入っても医師にならず、他の職業に就く人も増えてきているようです。
今後医師余りの時代になり、給与の下落が起きるようなことがあれば、よりこういった傾向が強まるのかもしれません。
記事執筆 外科医ライター S