日本の高齢化が進む中で、医療構造の変化が大きな課題となっています。
2025年以降は生産年齢人口の減少が進むことが予測され、医療提供体制は大きな転換期を迎えると言われています。
このような状況下では、日本と海外の医療制度の違いを整理し、日本の医療制度の特徴について理解することが重要です。
そこで、本稿では、日本の医療制度を改めて見直すことで、今後どのような医療制度が求められるのかを考察します。
日本の医療制度の特徴
日本の医療制度は、国民皆保険制度を取っており、低コストで高品質の医療サービスを提供しています。
主な特徴として、以下の5点が挙げられます。
① 国民全員を公的医療保険で保障。1)
② 医療機関を自由に選べる。(フリーアクセス)1)
③ 安い医療費負担で高度な医療。1)
④ 社会保険方式を基本としつつ、皆保険を維持するため、公費を投入。1)
⑤ 世界トップクラスの病院数、病床数(主に民営病院でまかなわれている) 2)
1) 厚生労働省「我が国の医療保険について」
2) 厚生労働省「医療提供体制の国際比較」
特徴 | 内容 |
① 国民全員を公的医療保険で保障 | すべての人が公的医療保険に加入し、全員が保険料を支払うことでお互いの医療費を負担している。
そのため、通院回数が多い人でも、入院や手術で高額な医療費がかかる人でも、定められた自己負担の割合で医療を受けられる。 |
② 医療機関を自由に選べる。(フリーアクセス) | 患者が医療機関を自由に選び、必要な医療サービスを受けられるフリーアクセスは、日本の医療制度の特徴の一つ。
病院の規模や診療科を問わず、自由に受診できる。大病院であっても、特別料金を支払えば紹介状なしでも受診可能。 |
③ 安い医療費負担で高度な医療 | 医療費の7割は公的医療保険でカバーされ、患者は残りの3割を自己負担するだけで医療を受けられる。
75歳以上の高齢者なら、自己負担割合は1割に下がる。
さらに、高額療養費制度もあり、医療機関や薬局で支払う自己負担金額が1ヶ月で上限額を超えた場合、超えた分が支給される。 |
④ 社会保険方式を基本としつつ
皆保険を維持するため、公費を投入 |
国民皆保険を維持するために、公費が投入されている。
国民医療費の負担割合 3)
公費(国庫、地方):38.4% 保険料(事業主、被保険者):49.5% 自己負担など:12.1%
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⑤世界トップクラスの病院数、病床数
(主に民営病院でまかなわれている) 2) |
世界トップレベルの病院数、病床数を誇っている。
病院数(人口100万人あたり):世界3位 病院数(国土面積100km²あたり):世界2位 全病床数(人口1,000対):世界1位
さらに、公的な病院は20%以下となっており、大部分の病院が民間で運営されている。 |
3) 厚生労働省「令和2(2020)年度 国民医療費の概況」
海外の医療制度の特徴
イギリス、フランス、ドイツ、アメリカの医療制度についても特徴をまとめたものが、次の表です。
特徴 | イギリス | フランス
|
ドイツ | アメリカ | 日本 |
①公的保険の対象 4) |
対象:全国民 | 対象:全国民の99% | 対象:全国民の85% | 対象:65歳以上の高齢者、障害者、低所得者のみ | 対象:全国民 |
国民医療制度(NHS)により、原則無料で医療が受けられる。 | 職域ごとに強制加入の様々な保険制度がある。 | 一般労働者、年金受給者、学生を対象とした一般制度と、自営業者を対象とした農業者疾病保険がある。 | 現役世代への医療保険は民間が担っていたため、無保険者が多数存在する。 | 国民皆保険制度を有する。
市町村が運営する国民健康保険、または職域ごとの被用者保険に加入する。 |
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②医療機関へのアクセスのしやすさ 4) | 病院を受診するためには、原則として登録医師(GP)の紹介が必要。 | かかりつけ医の紹介なしに、他の医師の受診をしないように制限している。 | フリーアクセス。 | フリーアクセス。
民間保険によっては、かかりつけ医への訪問を義務付ける場合がある。 |
フリーアクセス。 |
③医療費 5) | 総医療費の対GPD比:9.8% | 総医療費の対GPD比:11.2% | 総医療費の対GPD比:11.2% | 総医療費の対GPD比:16.9% | 総医療費の対GPD比:10.9% |
一人当たりの医療費:4,070ドル | 一人当たりの医療費:4,965ドル | 一人当たりの医療費:5,986ドル | 一人当たりの医療費:10,586ドル | 一人当たりの医療費:4,766ドル | |
④医療保障制度の財源 4) | 税 | 社会保険 | 社会保険 | 社会保険(メディケア)
税方式(メディエイド) |
社会保険(税源は保険と税の両方) |
⑤臨床医数、急性期病床数 5) | 人口1,000人あたりの臨床医数:2.7人 | 人口1,000人あたりの臨床医数:3.4人 | 人口1,000人あたりの臨床医数:3.6人 | 人口1,000人あたりの臨床医数:2.4人 | 人口1,000人あたりの臨床医数:2.2人 |
人口1,000人あたりの急性期病床数:2.7床 | 人口1,000人あたりの急性期病床数:3.5床 | 人口1,000人あたりの急性期病床数:5.7床 | 人口1,000人あたりの急性期病床数:2.7床 | 人口1,000人あたりの急性期病床数:8.1床 |
4) 関西広域連合「諸外国の医療保険制度の比較」
5) 「OECD HEALTH Statistics 2019」
日本の医療制度と海外の医療制度の違い
上記の表から読み取れる、日本の医療制度と海外の医療制度の違いの要点は、以下のとおりです。
①公的保険の対象、種類
全国民を対象とした公的保険を備えているのは、イギリスと日本のみ。
②医療機関へのアクセスのしやすさ
患者が自由に受診する医療機関を選択できるフリーアクセスを備えているのは、ドイツ、アメリカ、日本のみ。
③医療費
日本は、イギリスに次いで一人当たりの医療費が安く、総医療費の対GPD比を低く抑えている。
④医療保障制度の財源
日本の医療保険の財源は社会保険となっているが、税金も財源として投入されている。
社会保険を主な財源としているフランスやドイツは、税金を財源として投入していない。
⑤臨床医数、急性期病床数
日本の人口1,000人あたりの臨床医数は他の国よりも少ないが、人口1,000人あたりの急性期病床数は最も多い。
このような点から、日本の医療制度には以下の特徴があることがわかります。
- 医療サービスのコストを低く抑えている
- 費用の面でもアクセスのしやすさの面でも、患者が医療サービスを利用しやすい環境が整えられている
医師の役割、患者の利便性の違い
日本と海外の医療制度を比較すると、各国の医師の役割や患者の利便性に影響を与えている要素として、以下の3点が挙げられます。
- フリーアクセス制度の有無
- 保険制度の違い
- GPの存在
フリーアクセス制度の有無
日本の医療制度は、フリーアクセス制度を採用しています。
そのため、患者は受診する医療機関を自由に選択できます。
一方、イギリスやフランスでは、最初にかかりつけ医に受診する仕組みになっています。
これらの国は医療費を低く抑えていますが、患者が自由に医療機関を選択できないというデメリットがあります。
保険制度の違い
アメリカは基本的にフリーアクセス制度を採用していますが、自由診療が中心となっているため、患者が支払う医療費は医療機関によって異なります。
また、アメリカの現役世代の医療保険は民間が中心となっているため、金銭的な理由により十分な保障が受けられず、適切な医療サービスを受けられない可能性があります。
一方、日本では公的な医療保険が導入されており、診療報酬は全国一律で設定されています。
そのため、どの医療機関を受診しても、同じ検査や処置内容であれば、患者が支払う医療費に大きな違いはありません。
これは、日本の医療制度の大きなメリットの一つです。
GPの存在
日本の医療制度には、イギリスのようにGPという職種は存在しません。
イギリスでは、どのような症状であっても基本的にはGPの診療を受ける必要があります。
GPが診断を行い、専門的な治療が必要であれば専門医への紹介が行われます。
一方、日本には「かかりつけ医」という制度がありますが、他の医療機関を受診することも可能です。
かかりつけ医は、患者の健康管理や病気の予防、早期発見、治療などを総合的に行う医師として位置づけられています。
あくまでも、日本の制度では、かかりつけ医はイギリスほど厳格なゲートキーパーとしての機能を有していないのが現状です。
まとめ
本稿では、日本と海外の医療制度の違いについて解説を行いました。
日本の医療制度は、医療費負担を低く抑え、患者が医療に容易にアクセスできるという点を重視して設計されています。
そのため、以下の5点の特徴があることは、本稿で説明したとおりです。
① 国民全員を公的医療保険で保障。
② 医療機関を自由に選べる。(フリーアクセス)
③ 安い医療費負担で高度な医療。
④ 社会保険方式を基本としつつ、皆保険を維持するため、公費を投入。
⑤世界トップクラスの病院数、病床数(主に民営病院でまかなわれている)
しかし、日本では高齢化が進み、疾病構造が大きく変化し、2025年以降は生産年齢人口の減少がさらに加速します。
そのため、医療の提供体制は大きな転換期を迎えており、医療サービスの充実と負担のバランスを図りつつ、持続可能な制度設計が求められます。
医療サービスを利用する患者の立場に立って、必要としている人に適切な医療を提供できるように、持続的に取り組む必要があるのではないでしょうか。
記事執筆 医療ライター 土光宜行