医師として働いていると多かれ少なかれ患者トラブルに遭遇します。
東京都福祉保健局の公開するデータによると令和2年度に寄せられた都本庁・都保健所に寄せられた苦情は本人からが3003件、家族からが935件あり、いずれも第1位はコミュニケーションに関すること、となっています。)1
この中には実際に医療者側に非があるケースもあるかもしれませんが、一部にはいわゆるモンスターペイシェントが存在しているのも事実でしょう。
今回はそのモンスターペイシェントについてまとめました。
モンスターペイシェントとは
モンスターペイシェントとは”医療者に対して通常診療の範囲を超えた過度な対応を求めたり、理不尽な要求を繰り返したりする患者”を指すことが多いですが、時にはそれにとどまらず、暴言・暴力などの行動にでる患者も存在します。
20世紀まで日本には”お医者様”文化があり、医療者が現在とは逆に過剰に崇拝されていました。
しかし21世紀になって医療がサービス業としての位置づけられるにつれて、患者の呼称も”患者様“になるなどもあり、患者側の権利意識が強まってきました。
それに伴い医師法第19条の応召の義務によって病院が患者を診ない、という選択肢を取りづらいことを盾に権利意識が過剰となった一部の患者が自分の要求を通そうとモンスターペイシェント化していると言われています。
モンスターペイシェントの対応方法とトラブル回避術
モンスターペイシェントと一言にいっても、いくつかのタイプに分類されますが、対応で共通するポイントとしては次のようなものがあります。
事実の確認を十分に行う
当時者それぞれから事実確認を行うことは重要とされています。原因が認識のずれや勘違いであればここで拾い上げることで、それ以上のトラブルに発展することを防ぐことができるかもしれません。
患者の言い分を把握する
患者に一から言い分を話してもらうことで、患者自身も主張が整理されるとともにヒートアップした気持ちを冷却させることが期待できます。
また言い分の中から解決策を見出すことができるケースもあります。
安易に譲歩してはいけない
ここまでの2つで解決される場合は本物のモンスターペイシェントではないかもしれません。
理屈の通らない主張を続ける患者に対して、対応が面倒になっても言い分を聞いてはならないとされています。
その一瞬は解決しますが、後々更に大きな要求をぶつけてくる可能性があるからます。
複数人で対応する
主にやり取りをするのは一人に一本化したほうが、病院側の主張にブレが生まれにくいため推奨されますが、現場には複数人がいることをお勧めします。
その際に撮影・録音など事件になった際の客観的な証拠を残したりすることも有効とされています。
モンスターペイシェントのタイプ別事例
では上記の対応のポイントを踏まえ、3つのタイプの事例と具体的な対応までを見ていきましょう。
① 明らかに医療者側に非がなくても騒ぐタイプ
このタイプの多くは医療者に対して高圧的な態度をとってくることが多いようです。
特に事務や看護師が対応すると強気に出てくることも多く、早期から医師が対応することで場がおさまるケースも見受けられます。
事例1. 予約外受診のため待ち時間が長くなることを説明するも、早く診るよう強要する
こうしたケースは確かに緊急性の高い疾患の可能性も否定できないため判断は難しいこともあります。
ただし、あくまで通常外来を予約制で行っている以上、他の患者に優先して診察するにはそれ相応の妥当性が必要になります。
事務レベルでの対応が難しければ看護師によるトリアージを行って、緊急性が疑われる場合は救急外来へ誘導、そうでなければ待つようにはっきり対応をしましょう。
曖昧な対応をとることで「強く言えば言い分が通るかも」という誤った期待を抱かせることとなり、それが通らないと“期待を裏切られた”という、また別の怒りを生む結果になるため、更なる状態の悪化を招いてしまうことがあります。
② 小さなミスに過剰に騒ぐタイプ
このタイプは医療機関側にも小さいとはいえ落ち度があるので、モンスターと評するのは微妙ではありますが、通常の範囲を超えた対応が必要になる場合はモンスターペイシェントとして扱われます。
このタイプの患者は細かなことに気が向く人であり、比較的インテリジェンスが高い傾向があります。
また主張の根幹は病院側のミスであり主張としては正しいため、しっかりとした謝罪は行う必要があります。
謝罪は現場責任者レベルの人間が行う、同時に改善策を提示することで、納得されることが多いですが、不必要に「院長を出せ」といった過剰な要求などには答えることはすすめられません。
適切と思われる対応範囲に線引きをして、それ以上に関しては絶対に譲歩しないことが重要となります。
事例2. 採血を失敗して皮下血腫を生じてしまった場合
採血の失敗自体は謝罪が必要ではありますが、医療事故と言われるほどのものではなく、通常であれば当事者の謝罪で済むことが多い問題です。
万が一当事者の謝罪でとどまらずとも現場責任者の謝罪以上を行うのは過剰な対応に当たるかもしれません。
このリスクも含めてその医療機関で提供できる医療のレベルであり、それ以上を求める(採血する人を指定することや、絶対に失敗するな、などの発言)への対応は行うべきではないと思われます。
ただ当事者のスタッフにとっては次回以降も担当するとなると過度なストレスとなるため、可能な範囲で他のスタッフが対応するなどの調整は行っても良いかもしれません。
③ 過剰な要求をしてくるタイプ
このタイプは”患者様”思考の最たるものです。
“患者様”の希望は全て通ると思っているため、それが通らないと騒ぎます。
また他院で成功体験、つまりは過剰な要求が通ってきた経験を持っている場合があります。
短期的には希望を全て聞いてしまうのが楽ではありますが、そうするとどんどん要求がエスカレートしていき、スタッフの疲弊や自施設への失望感につながるかもせれません。
またその様子は他の患者達の目にも入るため、病院への不信感を抱かれることとなり患者離れを起こすリスクもあります。
このタイプに対しては、断固として要求を断り続けることが大切と言われています。
事例3. 救急外来では詳細な検査が出来ないことを説明しても日中と同様の対応を求めてくる。
このケースでもはっきりと「夜間なので出来ません」と明言することが重要です。
少しでも曖昧な態度を取ると「要求が通るかも」と勢いづいてしまうので、注意しましょう。
もちろん救急医療として可能な検査はしっかりと行うことは必要です。
可能な検査を行った後も帰宅を拒むようであれば警察へ介入の依頼をしましょう。
カルテには検査・治療経過を時間まで記載して残しておくと良いかもしれません。
モンスターペイシェントへの対応の法律的な解釈は?
単なるクレーマーとの線引きが難しいため、一概に法的に対応することはできません。
しかし、暴力や、金銭の要求、危害を加えることをほのめかすなどの言動があれば暴行罪・傷害罪、恐喝罪・脅迫罪に該当することがあります。
その際に言った言わない、やったやらないで揉める可能性があるため、録音や録画しておくことが推奨されます。
許可を取らずに録音、録画をしておいたものも証拠能力はあるとされていますが、「記録として録画・録音します」と説明することで、モンスターペイシェント側も嫌がり、引き下がるケースもあるため、明言することも一つの方法でしょう。
また毎日電話でクレームを続ける患者などには対応時間、回数の記録などを記録しておくことで、それに基づいた損害賠償請求が可能となることもあるので、やはり事実を記録として残すことは重要になります。
ただし、ある程度のスタッフが対応に尽力しても解決が見えない場合は、弁護士などの専門家の介入を依頼することが、結果的にはスタッフの労力や他の患者への悪影響なども踏まえるとコスト面でも優れた結果になることもあるため、検討する余地があります。
モンスターペイシェントの要求を断ることは応召の義務違反にならないか?
モンスターペイシェントへの対応で医師が最も気になるのは医師法第19条の応召の義務に違反しないか、ということではないでしょうか?
過去の判例を見ると患者との信頼関係が損なわれていたケースで診察を拒むことは診療拒否には当たらない、というのが現在までの裁判所の判断になるようです。
モンスターペイシェントの騒動へ警察は介入できるか?
よく言う警察は”民事不介入”という言葉を誤解して警察は介入してくれないのではないか、と思っている方もいらっしゃいますが、それは誤りです。
実際、前述のようにはっきりとした犯罪行為があれば、これはもう”民事”ではないため、警察は介入してくれます。
逆に民事の段階では介入しづらいため、クレームを言い続けている患者に対しては「診療は終了したのでおかえり下さい」と示した上で
- それでも帰らない⇛不退去罪
- 大声で騒ぐなど他の患者さんに影響がある状態⇛威力業務妨害
と言ったように民事でないことを強調して通報することが必要です。
また「警察に連絡するのでこのままお待ちください」と告げることで、引き下がる患者も少なくありません。
何も言わずに通報するのではなく、通報することを告げることも有効な場合もあります。
最近ではモンスターペイシェントをはじめとした院内トラブル対応の目的と警察との風通しを良くするために、警察OBの雇用を行う医療機関も多いようです。
モンスターペイシェントに出会ったときの対策まとめ
現代において診療を行う上で避けては通れないモンスターペイシェントの存在ですが、毅然とした態度で対応にあたることが重要です。
覚えておいていただきたいのは、モンスターペイシェントにおいては応召の義務は適応されないことが多いこと、必要があれば警察は介入してくれるということです。
この2つを知っているかいないかで、モンスターペイシェントへの対応時の精神的負担がかなり減るのではないでしょうか。
一つの医療機関がモンスターペイシェントに屈すると、その患者は他の医療機関でも同じことを要求します。
各医療機関が妥協せず、しっかりと対応していくことで医療者の労働環境改善につながるのかもしれません。
記事執筆 外科医 S
1) 東京都保健福祉局HP https://www.fukushihoken.metro.tokyo.lg.jp/iryo/sodan/madoguchi.files/02jisseki.pdf