「直美(ちょくび)」という、近年使われるようになった言葉をご存じでしょうか。
医師国家試験合格者は通常、2年間の初期研修を終えた後、3~4年間、後期研修医として専門研修を受け、専門医試験突破を目指します。
しかし、そうした専門トレーニングを経ずに、美容クリニックに直接就職する事を指します。2023年では約230人が美容クリニックに就職しており、大手のT美容外科では100名近くを採用したと公表しています。
これに加えて、S美容外科、Gクリニック、SN美容外科にも人気が殺到し、これらの大手美容クリニックの採用倍率は約3倍となったといわれています。
今後も、厳しい医療環境が続いた場合、厚生労働省などから有効な規制がない状態においては、収入面では魅力があるキャリアの選択肢のひとつとして増加が予測されます。
この理由として、2018年から開始された「新専門医制度」や、コロナ蔓延前後での若手医師の変化が大きいと考えられます。
「専門医シーリング」や「地域枠」の制限からの脱出
初期研修を終えた医師は19の専攻医コースから選択します。
これまで、研修先に選ばれる医療機関としては都心部に偏る傾向がありました。
特に人気がある東京での勤務では、医師待遇よりも生活が充実するという点で選ばれていました。
また、診療科に関しては、生死には直結せずに、簡単に他院でのアルバイト・開業がしやすい皮膚科・眼科に集中していました。
ただ、この傾向が続くと、外科・小児科・産婦人科などの志望者が激減する「診療科の偏在」や、勤務地が都心部に偏る「地域格差」が生じるため、研修先となる医療機関や選択する選択科目には定員制などの制限がかけられたのです。
診療科・勤務先に定員を設ける、「シーリング」と称する採用数上限が都道府県ごとで定められ、東京都・大阪は特に厳しく削減されました。
その結果として、希望とは異なる診療科や勤務地を選ばざるを得ない現況になりました。
コスパの良い給料
美容を選択する若手医師が一番に考えているのは「給与の高さ」です。
大手美容クリニックのHPやSNS、また医師人材紹介会社などのサイトを検索すると「初年度から年収3,000万円保証」と、破格な待遇の金銭面を強調したものも見受けられます。
他診療科を選択した場合には、勤務先の医療機関によりますが医師3年目では年収1000万円以下となることが多い現況では、この提示額に魅力を感じする医師も多いです。
ただ、コロナ蔓延前では「年収3000万円、以後は実績給」などと提示していたとある大手美容クリニックでは、スポンサーである大手アパレル企業の支援が断られ、暫定的に医師を含めた給与を3割程度カットしても応募がそこまで減らなかったことから、今後は志望者増加もあり給与の下降トレンドは続くと推定されます。
労働環境
美容クリニックでは土曜日・日曜日の施術こそはあるものの、時間外労働はあまりないものも多く、ワークライフバランスが保たれます。
この反面、2024年度から開始された「医師の働き方改革」において翌日の勤務は免除されるものの、「月8回の当直勤務」「オンコール月10回」などの過酷な勤務医生活と比較した場合、優雅な生活スタイルを思い描け 、プライベートも充実できることも、直美への選択を促す要素となっています。
しかしながら、こうした「直美」への規制は、政府(厚生労働省)による医師偏在対策として2024年9月の審議会で検討項目に挙がっており、この進路は近い将来に制限される可能性が高いようです 。
また、美容に進んだ若手医師は就職先には十分な研修制度や、経験・技術を裏打ちする通常の「認定専門医資格など」が存在しないため、技術や知識の体系的な習得も困難なこともあります。
これに加えて、対象となる患者は保険診療とは異なり、シビアな評価をされます。接遇や施術の細かい部分まで神経をとがらせないと集客・売り上げが上がりません。
美容クリニックは利益重視の経営体制であり2年目以降の給与は売り上げによって大幅増加も大幅減少もある過当競争を強いられます。
腕やコミュニケーション能力が伴わない場合、思うように顧客を得られず、単価の低い「クーポン利用客」のみとなります。
こうした状況を打破するため、有名なTクリニックなどでは有償で研修制度を設けるようになってきました。
美容業界でうまくいかなかった開業をした医師
大手の美容クリニックで勤務を2年半しましたが、経営者との折り合いが合わずに退職したまではまだ理解できますが、なんと勤務していた美容クリニックのスタッフを数名引き抜いて同じビルに開業をしました。
そして、元々勤務していたクリニックの患者にもビラを渡したりSNSで勧誘をしたりしていました。
自分のクリニックの売りは何かと聞かれると「安価であること」「予約がとりやすい」ことのみで、肩書やメディア出演・出版などの実績は皆無です。
集客のため、他クリニックのインスタグラム・Xのフォロワーのフォロー、またブローカーに依頼して他院の口コミの低下、自院の口コミの捏造を行いました。
患者の集患は良くても、スキルが十分ではないために医療訴訟に発展するケースも出現しました。
HIFU施術のミスによる熱傷で形成外科的な手術実施、スレッドリフトで毛髪を体内に巻き込み感染を行いこちらも形成外科で切開による摘出、目の下のクマに入れた糸が眼球側から出て視機能の低下。
こうした合併症を起こしても、一切自分では責任を取らずに、スタッフや患者さんの管理が悪いとの一点張りでした。
費用面を重視するあまり、安全性の配慮が不十分といえる状況でした。
そして、スタッフも次々と辞めていき、患者数もネット口コミの悪化が止まらず激減し、やむなく閉院。
残されたのは美容機器と1億円の借金です。
保険診療に戻ろうにも、知識・経験がないため、20か所以上で面接すら進めず、最終的には、老人健康施設の施設長として、悶々とすごしています。
まとめ
医師3年目から始まる診療科での専門的なトレーニングの道を選ばず美容の分野に進んだ場合にも、厳しい現実に直面する可能性があります。
また、不足している診療科医師と異なり、今後は美容分野では競合の増加が待ち受けており、これに敗れた医師のその後の進路は大きく制限されることもあるのが現状です。
キラキラしたイメージだけで自由診療・美容分野に進んだもののうまくいかなくなってから医師としての人生がこんなはずではなかったとならないよう個人的には切に願っています。
記事執筆 ドクター T T